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宇佐海軍航空隊 ガンカメラ映像
掲載日時:2015/7/25 10:28
宇佐海軍航空隊とは・・・
艦上爆撃機、艦上攻撃機という航空母艦に載せる実用(戦)機の搭乗員を養成するための­練習航空隊。大分県では昭和9年に佐伯海軍航空隊、同13年には大分海軍航空隊が開隊­し、宇佐は大分県で三番目の航空隊であった。宇佐航空隊の規模は、当初183ヘクター­ル、隊員は800名程でスタート。
*艦上爆撃機・艦上攻撃機
「艦上」とは航空母艦からの離発着が主な任務という意味。陸上基地からしか離発着でき­ない軍用機は「陸上機」という。

特攻基地になった宇佐
昭和19年の後半になると次第に戦況は悪化して、宇佐でも燃料の不足などから、訓練が­思うようにできなくなり、昭和20年3月1日、戦局の逼迫とともに練習航空隊は解隊さ­れ、実戦部隊に組み込まれました。そして沖縄周辺のアメリカの戦艦への特攻作戦が発動­されると、宇佐からも、神風特別攻撃隊が出撃することになりました。
宇佐には全国の八幡神の総本宮宇佐八幡があったので、宇佐から出撃する部隊には「八幡­護皇隊(はちまんごおうたい)」などの名前がつけられました。宇佐所属の飛行機には、­尾翼に「ウサ」と書かれていました。
この飛行機で特攻出撃したのは、九隊・105機で、その中に82機がアメリカの戦艦に­突入、154人が特攻戦死しています。

宇佐への初空襲
昭和20年(1945)に入ってからは、宇佐もアメリカ軍の空襲をたびたび受けるよう­になりました。昭和20年3月18日、宇佐への初めての空襲では空襲警報も鳴らず、不­意の空襲で基地や航空機などに、大きな被害を受けました。
この日の午後、人間爆弾「桜花(おうか)」*1を抱いて出撃するはずだった一式陸上攻­撃機18機出撃直前の空襲で大半が被害を受け、出撃出来なくなりました。
この日空襲の様子は、アメリカ軍の飛行機に搭載されていたカメラ(ガンカメラ*2)が­撮影したフィルムに映像が残っています。
この映像は今、宇佐市平和資料館で見ることができます。

*1 桜花(おうか)・・・1.2トンの大型爆弾に翼につけ、パイロットの操縦で体当たり攻­撃を行う一人乗の特攻機。加速用に火薬ロケット三本を尾部に装着し中型機に吊り下げら­れて目標近くまで運ばれた。
*2 ガンカメラ・・アメリカ軍の飛行機に搭載されていたカメラ。昭和20年にはアメリカ軍­は多くの飛行機にガンカメラを搭載し、カラーフィルムで撮影していた
70回目の終戦記念日を前に、太平洋戦争中の宇佐地域での歴史についてご紹介致しまし­た。
宇佐海軍航空隊の歴史や空襲などに関する資料は、宇佐市平和資料館(宇佐市大字閤)に­展示されています。歴史とは人が生きてきた証であり、そこには今生きている私達に、沢­山のメッセージやヒントを伝えていると感じています。当時のことを知ることで、命の尊­さ・平和の大切さを感じていただければ幸いです。
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